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~”DJだけで食べていきたい”
 飛びこんだラジオの世界~

栗原治久さんinterview ③

栗:  あとはね、自分で「世界のジングル」というタイトルにして、カセットテープに、徹底的にエアチェックした、海外のラジオのジングルだけを録音して、ジングルってなんだろうって勉強したんです。

 

それはいつですか?

栗:  大学生のときです。

 

ええーー!!放送研究会とかには入ってなかったんですか?

栗:  入らなかったんです。

 

そうか、夜働いてるんですもんね。

栗:  研究会をやっていたらエアチェックとかができる時間がないと思ったから。あとはね、エアチェックしてわかったのは、ハードとしての音色がCDで聴くのと違うんですよね。要は、オーバーとかコンプレッサーとかの機械が通ってるじゃないですか。だからよく聴こえるんですよね、ラジオだと。それが全然わからなかったから、なんだろうっていろんな人に聴いたら、ラジオにはコンプレッサーというのがかかっていて、小さい音量レベルも大きく聴かせてくれるからすごく近くに聴こえるんだって。試しに、同じマイケル・ジャクソンのCDを、CDで聴くのと、ラジオから流れてエアチェックしたカセットテープで聴くと、イコライザの動きが全然違うんですよね。ラジオの方は圧縮してるから平らなんですよね、あ、なるほどなと思って。だから、自分で録音した自分の声を曲に乗せたデモテープはちっともかっこよく聴こえないんですよ。今でもそうです。ただ、コンプレッサーで曲と圧縮してやると、ボーカルの音量と自分のしゃべりの音量が同じに聴こえるからかっこよく聴こえるし、だからこそしっかりと歌がはじまる合間や手前で乗せないと汚くなるということがわかるんです。…ということを大学4年くらいの頃には全部把握してたんです、オタクだから(笑)。

 

これは…コンテストに受かりますね。

栗:  でも、逆にDJになってからぶつかりましたよ。みんなわかってないと思って。生意気だったから。最初のディレクターさんは、いわゆる日本のラジオのディレクターやってた人だから、君の熱いハートを聴かせてくれ、○○大学の○○ちゃん、君を一人前にしてみせるよ、という人だったんだけど。でも、こっちはそれなりに成熟したというか凝り固まっちゃって、しゃべり以前に、ハードやコンプレッサーがどうとか、3秒手前からかけてくれとかいう固定観念から来ているから全然かみあわないですよね。そこにジレンマはありましたし。今思えば、その分フリートークは下手でしたよ。フリートークは一番最後に鍛えたかな。

 

フリートークは下手だったけど、曲に乗せてしゃべる方は…

栗:  日本のラジオ業界で言ういわゆる曲紹介、アメリカで言うところのDJトーク、DJナレーションは、自信がありましたね。体言止めとかも練習しましたね、それこそラップみたいな。

 

ええっ、それも大学生のときですか?

栗:  それはFヨコのコンテストに受かってからかな。どうしたらノリがよくたくさんのことがしゃべれるか、と。体言止めにしたら、テンポ感が出て情報量が多くなる。たとえば「天気は晴れですね、最高気温18度です」というのを、「天気晴れ、18度、次の曲、なになに」といってみたらどうなるかとか、そんなことばかりやってましたね。

 

練習してチェックしたり、実際に放送の中でもやってみて、“やっぱりこっちのほうがテンポがいい”とか?

栗:  そうですね。そんなことばっかり考えていました。

 

栗原さんがそんなに研究熱心だとは、今まで存じあげませんでした!

栗:  そうですか。僕がアメリカのラジオに凝り固まったころは、ビルボードが当時出てて、ラジオオンエアチャートっていうのがあって、全米の各ラジオ局のオンエアリストがばっと一覧で出ているページがあって、それを毎週買ってコピーして、ずっと見てましたからね。勝手にラジオ局のラジオ&レコーズのレーティング調査結果とかを買って見てたりとか、ニューヨークになんというラジオ局があって、レーティングの一番がどこで、それはどんなフォーマットかっていうのも把握していました。

 

ええっ!

 

 

栗:  アメリカは人種によって違いますから。CHRっていう言葉も知ってましたし。CHR、アダルトコンテンポラリー、ブラックステーション、当時はブラックと言う言葉を使っちゃいけないからアーバンコンテンポラリーと言ってたんですが。それから、カントリー、オルタナ、メインストリームとか。ラジオ局っていうのは、局によって違うんじゃなくて、人種を対象にして選曲のフォーマットで違うんだっていうことも全部把握していたし。で、自分が好きなフォーマットはリズミックっていって、それが今の社名なんですけど。ポップス、いわゆるトップ40と、ダンスミュージックのクロスオーバーの選曲で、リズミックチャートっていうのがあるんですよ。それがすごく好きで。90年代だとなんだろう、たとえば、エアロスミスとジャネット・ジャクソンの間にハウスがかかっちゃうとかっていう。トップ40からダンス寄りの、ここのニッチな選曲がすごく好きで、今も変わらないんですけど。徹底的にそこでしたね。アメリカの主要ラジオ局のDJの名前も全部覚えていました。

 

それは大学のとき?

栗:  大学時代くらいから卒業してDJになるころ。ずっとそんなことばっかりです。

 

当時、インターネットなくてそういう情報にどうやってアクセスしたんですか。

栗:  「ビルボード」と「ラジオ&レコーズ」を買って、お金貯めてはニューヨークやロスに行ったりハワイ行ったり…。それで、DJコンテストの優勝賞品が、レギュラー番組を持てることと、ハワイのラジオ局を訪問できるというハワイ旅行だったんですよ。ハワイにある、今はないんですが、当時KQMQっていうコールサインのいわゆるリズミック系のラジオ局が僕は大好きで、そこのDJのことは知ってたんですね。優勝したらそこに行くことになって、DJに会ったときは感激しましたね。今でも写真ありますけど。

 

なんという人ですか。

栗:  ウィリー・モクとクリス・ハート。多分もう亡くなってるんですよね。だからハワイのツアーに行ったときにはわかってました。次はKQMQに行くんだとか、KSSKに行くんだとか…ラジオ局全部わかってました。

 

栗原さん、それって…ラジオオタクじゃないですか(笑)。

栗:  完璧な。

 

こういうお話できる友達っていました?

栗:  いないですよ(笑)。唯一、押阪さんくらいじゃないですかね。でも僕だけだったかな。

 

びっくりです。

栗:  全部名前言えますよ、ロサンゼルスならKIIS FMとかニューヨークはこことか。

 

すごいですね。

栗:  すごいと思いますよ。

 

それ、本を書けばよかったのに…。

栗:  書いても売れないでしょ!自己満足(笑)。

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